モルガン灯籠

皆さんは1月20日が何の日かご存知でしょうか?
実は、1月20日は「玉の輿の日」なんです。

玉の輿とは女性が金持ちの男性と結婚する事で自分も裕福な立場になること、です。
そんな女性の皆さんが憧れる玉の輿ですが、日本に元祖玉の輿と呼ばれる方が居ました。
モルガン・ユキさんです。

本名は加糖ユキさん。14歳で「雪香」として京都・祇園の芸妓になりました。
21歳の時、モルガン家の御曹司、ジョージ・モルガン氏と出会い、求婚されます。しかし当時京都大学在学中の恋人との結婚を夢見ていたユキさんはモルガン氏の求婚を断ってしまいます。
ところがその恋人は家族に芸子と結婚することを反対され、別の女性と結婚してしまいました。失恋後、モルガン氏の度重なるプロポーズを断っていたユキさんも3年越しの熱烈な求婚に負け、結婚を決意しました。

ユキさんはその誘いを断るためか、身請け金を当時のお金で4万、現在の金額では4億の大金をつきつけますが、モルガン氏はそれをあっさりと払い、その上10万円ともいう結婚費用をかけた結婚式をあげました。この話は一度皆さんも耳にしたことがあるんじゃないでしょうか?


「4万円の夢」などと羨望を受ける一方、「金に目がくらんだ女」と嫉妬を受けながらの波乱の人生を送ったユキさん、この人も実は須磨との関わりを持つ人でもあります。
前回ご紹介した安徳宮の前には一対の石灯籠があり、モルガン・ユキさんが献納されたことから「モルガン灯籠」と呼ばれています。
安徳宮の記事はこちら≫


実は、ユキさんは「異人山」と呼ばれていたこの須磨の土地に1年ほど住んでいたと言われています。

今回は源平合戦や平清盛から少し離れ、モルガン・ユキさん、モルガン灯籠のご紹介をいたしました。
次回はまた日本の歴史に関わりの深い事柄をご紹介します。